デービット・アトキンソン考

正義の黒船か、大手企業の社外取締役を目指す利に聡い株式アナリストか?

デービット・アトキンソン氏の略歴

デービット・アトキンソン(敬称略)は元ゴールドマン・サックスの有名なアナリストである。

1965年イギリスに生まれ、オックスフォード大学で日本学を修めた。ゴールドマン・サックスでは、1998年に取締役、2006年に共同出資者となった。2007年に ゴールドマン・サックス を退社し、2009年に国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社している。

主な著作に「新・観光立国論」、「新・生産性立国論」がある。現在まで東洋経済新聞社お抱えライターとして次々に著作を上梓している。

アトキンソンは2021年時点で政府の成長戦略会議のメンバーの一人であり、2021年7月4日にも菅首相に面会して中小企業の成長力を高めるための経済政策について話し合ったという。その内容は、中小企業に設備投資や研究開発を促す施策を提言したといわれている。

日経新聞の記事では、首相との面会後、記者団に「日本の中小企業の設備投資や研究開発の水準が低くなっている。どう喚起するのかを議論した」と説明した。

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA042470U1A700C2000000/

アトキンソンの発言は、今後高まっていくことが予想される。

デービット・アトキンソンの特徴

アトキンソン氏の著作は、中小企業白書などの1次データを組み立てて、「日本企業の生産性を向上させよ」という簡潔なメッセージを導き出すためわかりやすい。

しかし、どんなものにも鵜呑みにすると害があるように、アトキンソンの主張を鵜呑みにすると害がある。アトキンソン氏の主張を立体的に理解するため、2021年8月までに発刊されたアトキンソンの著作の内、最新の「日本企業の勝算」をベースにアトキンソンの3大特徴を紹介する。

アトキンソンの3大特徴

・優秀な株式アナリストである

・優秀な経営者ではない

・ポジショントークは明瞭

それぞれについて、解説する。

アトキンソンは優秀な株式アナリストである

 アトキンソンは、ゴールドマン・サックス時代に日本の不良債権の実態を暴くリポートをまとめあげたことで知られている。この輝かしい成功体験をもとに、アトキンソンの社会人としてのメンタルモデルは株式アナリストとなっている。アトキンソンは著作の中で、

アナリストは データを集めることが最優先で、データの目的や意義、重要性、または、その データの意味することに関して、ほとんど何の興味も示していなかったのです。とにかく、データの量で勝負しているようでした。

デービッド・アトキンソン. 日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長 (Kindle の位置No.1005-1007). 東洋経済新報社. Kindle 版.

ここにアトキンソンのメンタルモデルが記されています。アトキンソンにとっては「データに意味や意義を持たせる」のが優秀なアナリスト。

つまり、メンタルモデルがアナリストであるアトキンソンがデータを用いて説明する場合は、彼のポジショントークが始まったと見做す必要がある。

さらに言えば、木を隠すのには森の中。絶対に「データに意味や意義を持たせ てはならない」1次データである公的なデータを多数用いて、自らのポジショントークを隠そうとしている。

アトキンソンは優秀な経営者ではない

 繰り返しになるが、アトキンソンのメンタルモデルは株式アナリストであり、経営者ではない。アトキンソンは著作の中で、小西美術工藝社の社長であり、当社の経営改革を行ったとしている。

私は、2009年に小西美術工藝社に入社し、その後、社長になって同社の経営改革を進めてきました。

デービッド・アトキンソン. 日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長 (Kindle の位置No.2929-2930). 東洋経済新報社. Kindle 版.

が、アトキンソンの経営改革の内容と結果の詳細は開示されていない。あまり芳しくないと予想されるし、客観的な筋からそのような噂も漏れ聞こえる。

そもそも、株式アナリストがメンタルモデルの基礎としている経済学と経営学は相反する学問である。

経済学は超長期的に需要と供給は需要曲線と供給曲線が交差する均衡点に落ち着くとしている。一方、経営学は均衡点を離れてどうやって付加価値を創出していくかを探求する学問である。

事後にデータを集め超長期的に均衡点(株式の売買)を目指すメンタルモデルである株式アナリストは、これまでの業務フローに多少手を入れることはできる。しかし、根本的な価値をゼロから創造し、付加価値を生み出すことはできない。

なぜなら、すべてのアナリストは「創造することはできない」。アナリストが業務がクリエイティブを発揮すると不正会計、不正相場介入につながる。アナリストにとってクリエイティブは犯罪とイコールなのである。

創造することができないアナリストだから、創造性をふわっと主張して経営者としての立場を強調しようとする。アトキンソンは、これまでもこれからも株式アナリストなのである。

ポジショントークは明瞭

アトキンソンは基本的に人柄が良く論理的であるため、 「データに意味や意義を持たせた」ポジショントーク部分は、途端に切れ味が悪くなり浮くという特徴がある。社会正義を追求するアトキンソンと、利に聡いアトキンソンの葛藤ともいえるだろう。たとえば、

商工会議所は経済学の専門部隊ではなく、あくまでも中小企業の経営者の利益を代表する組織だと理解して、発言を割り引く必要がある。

日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長

などと、経済団体の一つである商工会議所を「抵抗勢力」と見做した発言をしているが、合理的に考えて、商工会議所を攻撃する必然性は一切ない。何かあると見たほうがいい。

また、小さい企業が低生産性の原因としているが、日本人に足りないとされているロジカルシンキングで原因と結果を考えれば、企業規模が原因でないことは明確である。これも何かあると見たほうがいい。

株式アナリストであるアトキンソンが目指しているもの

ずばり、大会社の社外取締役である。

株式アナリストであるアトキンソンは、経営コンサルタントではないので小さい企業に入って付加価値を増大させ企業規模を拡大させることはできない。

であれば、産業構造を左右させるような大企業に入り、株式アナリストとしての知見やノウハウを活かす道を選ぶ。

さらに、社外取締役は複数の会社と契約することもできる。

著作だけで判断すると、利に敏いアトキンソンの目指す姿は、 政府の成長戦略会議のメンバー兼大会社の社外取締役を長く続け、利権を獲得することが合理的結論となる。

今後、アトキンソンのポジショントークを見破るには 政府の成長戦略会議のメンバー兼大会社の社外取締役を長く続け、利権を獲得することにつながる主張と意図を持たせた1次データがある箇所である。

次回以降、 特集として社会正義を追求するアトキンソンと、利に聡いアトキンソンの葛藤について検証していきたい。

ニューノーマル時代の生産性向上研究所