デービット・アトキンソン主張検証

「中小企業の数を減らすことが、日本全体の生産性向上につながる」というアトキンソン論は正解か?三流ポジショントークか?

結論、

デービット・アトキンソン 氏略歴

 デービット・アトキンソン(敬称略)について紹介する。アトキンソンは元ゴールドマン・サックスの有名なアナリストである。

 1965年イギリスに生まれ、オックスフォード大学で日本学を修めた。ゴールドマン・サックスでは、1998年に取締役、2006年に共同出資者となった。2007年に ゴールドマン・サックス を退社し、2009年に国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に入社している。

 主な著作に「新・観光立国論」、「新・生産性立国論」がある。現在まで東洋経済新聞社お抱えライターとして次々に著作を上梓している。

アトキンソンは、中小企業が悪という論調を持つ

 アトキンソンの主張は、主に3つある。

①日本全体の生産性が低いのは、人口減少下において、生産性の低い中小企業を温存していることが要因である

よって、廃業もしくは合併、統合により中小企業の数を減らすことは、日本全体の生産性向上につながる。

② 廃業もしくは合併、統合により中小企業の数を減らすため、最低賃金を大幅に引き上げるべきである

よって、最低賃金引上げを全国一律で実施すれば、地方から都市部への労働移動が抑制され、地方創生につながる。

③日本の最低賃金は国際的に見て低い水準である

つまり、アトキンソンは、日本の中小企業という「存在」が日本の生産性「低迷」の原因(現象)あると主張しているように見える。

生産性の問題は「エピソード」ではなく「クリティカルシンキング」とデータのエビデンスで考えるべき

「日本では 事例重視、いわゆるエピソードを一般化する傾向が強い一方、 そのエピソードを十分検証しないことが 多くあり ます。 何年も前から感じていることですが、日本では批評的思考(クリティカルシンキング)が徹底されて いないので、いくつかの事例を無理やり一般化して奇妙な仮説をつくるケースが少なくありません。」

デービッド・アトキンソン. 日本企業の勝算―人材確保×生産性×企業成長 (Kindle の位置No.1280-1283). 東洋経済新報社. Kindle 版.

ロジカルシンキングとクリティカルシンキングとは何か?

ロジカルシンキングを一言でいえば、状況を真因と原因と結果に分けて構造化する考え方である。論理的に整合が取れていても、前提である思考が偏っったまま検討を始めてしまうと、Garbage In Garbage Outの原則のとおり、結論は誤ったものになる。

そして、クリティカルシンキングはロジカルシンキングを基に、So-Whatだから何?、Why-Soそれは何故?と問い続けることで思考の偏りや不完全さを取り除いていく。

 デービッド・アトキンソンの著作である日本企業の勝算には、「 生産性の問題は「エピソード」ではなく「データのエビデンス」で考えるべき 」と書かれています。アトキンソンの著作もエピソードを一般する傾向が強く奇妙な仮説を作るケースが少なくないため、クリティカルシンキングとデータを基に、デービット・アトキンソンの論調について検討していきましょう。

①「日本全体の生産性が低いのは、人口減少下において、生産性の低い中小企業を温存していることが要因である 」を検証

日本全体の生産性が低いのではなく、日本の名目時間当たり労働生産性が低いのが事実。

「日本国全体の生産性」は、GDP世界3位。よって、Dout

日本の名目時間当たり労働生産性は2002年、2012年、2017年ともに20位。((公)日本生産性本部)

規模が大きくても生産性が低い企業もあれば、高い企業もあり、 規模が小さくても生産性が高い企業もある。「全体の」生産性が低いわけではない。よって、「生産性の低い中小企業を温存していることが要因である」はDout

アトキンソンの著作の日本語訳が誤解を招いているようだ。正しくは、「 日本の名目時間当たり労働生産性は低い」となる。正しく表現すると、印象が大きく変わってくる。

人口減少下において、生産性の低い中小企業を温存していることは生産性低下の要因ではない。

「人口減少下において」は、2008年から日本の人口は減少しているので、Believe

生産性の低い中小企業を温存しているの「温存」は、2009年から2016年の7年間で421万社から358万社に63万社減、直近2年では、381万社から358万社まで23万社が減少しており、温存はされていない。よってDout

人口減少下でも人口増加中でも、名目時間あたり労働生産性は人口増減の影響をうけない。よってDout

アトキンスの主張を正しく表現すると、日本の名目時間当たり労働生産性が低いのは、中小企業が要因であるとなる。

一般論として、規模の経済と労働装備率を考えれば大企業より中小企業のほうが名目時間当たり労働生産性が低いのも理解できるが、これも先に述べたとおり、 規模が大きくても生産性が低い企業もあれば、高い企業もあり、 規模が小さくても生産性が高い企業もある。「全ての中小企業」の生産性が低いわけではない。

アトキンスの言葉を著作にあるまま受け止めると、いくつかの事例を無理やり一般化した奇妙な「生産性の低い中小企業を温存している 」仮説が出来上がってしまうことに注意したい。

② 廃業もしくは合併、統合により中小企業の数を減らすため、最低賃金を大幅に引き上げるべきである を検証

廃業もしくは合併、統合により中小企業の数を減らすことは目的にならない

「廃業もしくは合併、統合により中小企業の数を減らすため」は、手段であり、言葉だけなぞると目的が中小企業の減少になる。正しくは、「名目時間当たり労働生産性を高めるため」である。よってDout

最低賃金を引き上げると名目時間当たり労働生産性が高まるには因果関係がない

「名目時間当たり労働生産性を高めるため」「最低賃金を大幅に引き上げるべき」は、ロジカルシンキングで検証する。「最低賃金を引き上げる」と「名目時間当たり労働生産性が高まる」には、直接の因果関係がない。名目時間当たり労働生産性を直接的に引き上げる活動要因は、業務改善とマネジメント、設備投資である。よってDout

最低賃金を大幅に引き上げると求職者が増えるだけ

最低賃金の大幅な引き上げは雇用に負の影響を与え、雇用を減少させるというのが最近の論調である。

米国では、最低賃金の雇用への影響を中心に過去数十年間にわたり研究が蓄積されてきた。
コンセンサスは未だに得られていないが、負の影響を与えると結論づけた研究が多いという状況にある。

https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20190820_020976.pdf

生産性へ与える影響についてもコンセンサスはない

最低賃金を大幅に引き上げる と中小企業は雇用を減少させる。まず、中小企業が減少するより先に多くの労働者が求職者となる。その結果、名目時間当たり労働生産性が高まることはない。よってDout

https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20190820_020976.pdf

最低賃金引上げを全国一律で実施すれば、地方から都市部への労働移動が抑制され、地方創生につながる。を検証

都道府県別に生活費に応じた最低賃金の設定が行われていることがデータでわかる

日本国内に目を向けると、最低賃金額の地域間格差の大きさが話題になることが多い。最低賃金額は都道府県ごとに異なり、2018 年度において最も高い東京都(985 円)と最も低い鹿児島県(761 円)では 200 円以上の開きがある。最低賃金額の地域間格差は、最低賃金の低い地方から高い都市部への人口流出を促しているといわれるが、

1 人当たり家計消費額対比で見た最低賃金を都道府県別に比較すると最低賃金に地域差は見られず、各都道府県の最低賃金額が決定される過程で、生計費に応じた水準の設定が実効的に行われていることを示唆している。

https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20190820_020976.pdf

つまり、 経済構造や就業形態、賃金分布などの違いを除くと、日本の最低賃金は低くないことがわかる。よって、 日本の最低賃金は国際的に見て低い水準であるは、Dout。

③日本の最低賃金は国際的に見て低い水準であるを検証

「米ドル換算・フルタイム労働者対比」で見た最低賃金は主要先進国に見劣りしている。よってBelive

一方、フルタイム労働者だけでなく、パートタイム労働者を含めた一国全体の平均賃金で比べれば、最低賃金の姿は大きく変わる。図表 3 はマクロで見た雇用者所得(雇用者報酬)または賃金・俸給を総労働時間で除した平均賃金対比の最低賃金を国際比較したものだが、日本は OECD 加盟国の中でも高めに位置しており、フランスや英国並みの水準である。
日本のフルタイム労働者は「総合職」に代表されるように、職務遂行能力に応じて給料が決まることが多い。これに対して海外では、定められた職務内容に応じて給料が決まる「ジョブ型雇用」が一般的だ。また、フルタイムとパートタイムの賃金格差(図表 4)や賃金の分布も、日本と海外で異なるだろう。これらの点を考慮しなければ、フルタイム労働者の賃金水準だけを物差しにしても、日本の最低賃金が低いとは言い切れない。よってDout。

https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20190820_020976.pdf

1 人当たり家計消費額対比で見ると日本の最低賃金は低くない

各国の経済構造や就業形態、賃金分布などの違いによる影響を受けにくい指標として、最低賃金で 1 年間働く場合(労働時間を年 2,000 時間と想定)の年収が、平均的な消費額の何パーセントに相当するのか、を国際比較のベンチマークとした場合、

日本は 2017年で 71.8%と OECD 加盟国の平均値をやや上回る水準である。イタリアを除く G7 諸国で比較すると、フランスやドイツ、英国を下回るが、米国やカナダよりも上位にある。日本では 2018 年度に最低賃金が平均消費額を上回るペースで引き上げられたことで 73.2%まで上昇しており、2019 年度もさらに上昇する見込みである。こうしたことを踏まえれば、「日本の最低賃金は国際的に見て低くない」と評価してよいだろう。

https://www.dir.co.jp/report/research/economics/japan/20190820_020976.pdf

日本の最低賃金は国際的に見て低い水準である 各国の経済構造や就業形態、賃金分布などの違いによる影響を受けにくい指標を用いる場合、日本の最低賃金は低くない。よってDout

結論、アトキンソンの3つの主張はすべてDoutである。

 アトキンソンにとっては「データに意味や意義を持たせる」のが優秀なアナリスト。つまり、メンタルモデルがアナリストであるアトキンソンがデータを用いて説明する場合は、彼のポジショントークが始まったと見做す批判的思考をもって査読する必要があるということが結論付けられた。