最終回:「仕組みで防ぐ」が最大の優しさ。誰も不幸にしないクリーンな決済体制へ

巨額流出事件に揺れたある会社の記者会見も終わり、メディアは相変わらず「海外の巧妙なハッカー集団の脅威」を報じている。だが、私は知っている。あの事件の真の勝者が、今ごろどこかのリゾート地で「騙された被害者」の仮面を脱ぎ捨て、冷笑を浮かべているであろうことを。

これまで4回にわたり、私は1人決済というブラックボックスの中に潜む「桁ミス」「内部横領」、そして「騙されたフリをした内部犯行」という恐ろしい闇を暴いてきた。

最終回となる今回は、テクニカルな話はしない。経営者であるあなたに、組織のトップとして「最も重い決断」を迫るために、私はここに立っている。

🕵️‍♂️ 「社員を信じている」という言葉の、あまりにも無責任な響き

私が企業のガバナンス(内部統制)の調査に入るとき、耳にタコができるほど聞かされる言葉がある。 「うちは創業期からのメンバーだから」「家族みたいな会社だから、社員を信じて任せている」

一見、美談に聞こえる。だが、探偵の視点から言わせれば、これは経営者の「怠慢」と「無責任」を隠すための最悪の言い訳だ。

本当に社員を信じているのであれば、なぜ彼らに「1人で数千万円、数億円を動かせるボタン」を握らせるのか? 人間は完璧ではない。疲れていればゼロの数を打ち間違えるし、私生活で経済的な窮地に立たされれば、魔が差して横領の誘惑に駆られることもある。そして、目の前に「騙されたフリができる巧妙な詐欺メール」が届いたら、悪魔のシナリオに乗っかってしまうことだってある。

社員を信じるということは、彼らの「モラル」に丸投げすることではない。 社員を信じるからこそ、彼らが「ミスを犯せない環境」「不正の誘惑すら湧かない環境」をシステムとして作ってあげること。それこそが、経営者が持つべき本当の優しさではないか。

🕵️‍♂️ 2段階承認は、悪意だけでなく「疑念」もシャットアウトする

もし、あなたの会社で2段階承認を導入せず、1人決済のまま11億円の流出事件が起きたとしよう。

真っ先に疑われるのは、その送金ボタンを押した担当者だ。警察が入り、メールの履歴を洗われ、プライベートの銀行口座まで調べ上げられる。仮にその社員が本当に純粋に騙されただけだったとしても、社内や世間からは「共犯じゃないのか?」「騙されたフリをして裏でお金をバックしてもらったに違いない」という一生消えない疑念の目が向けられる。

しかし、もし最初から銀行に「2段階承認」が設定されており、請求書とのデジタル照合ログがなければ送金できない仕組みになっていたらどうだろう。

そもそも即日送金などという暴挙はシステムが弾いていただろうし、担当者が一人で泥をかぶる必要もなかった。システムで「言い訳の余白」を消し去ることは、結果として善良な社員に「あらぬ疑い」をかけさせないための最強の盾になるのだ。

🕵️‍♂️ 探偵からの最後の警告:今すぐ、金庫に鍵をかけろ

H社のような上場廃止級の大騒動は、決して遠い世界の出来事ではない。 明日、あなたの会社のメールボックスに巧妙ななりすましメールが届き、疲弊した経理担当者が送金ボタンの前に座ったとき、それを止める網があなたの会社にはあるだろうか?

高価なセキュリティツールはいらない。必要なのは、今すぐネット銀行の管理画面を開き、作成者と承認者のIDを分け、上限金額を設定するという、わずか数分のアクションだ。

「うちの規模ならまだ大丈夫」 その油断を、私は何十件もの破滅の現場で見てきた。

社員を守るため、会社を守るため、そしてあなた自身の経営者としての責任を果たすため。 今すぐ、そのガバガバな金庫に「2段階承認」という強固な鍵をかけなさい。

私の事件簿は、ここで一度幕を閉じる。だが、あなたの会社の決済画面を覗く私のルーペは、いつでもあなたの決断を見守っている。

(決済の闇を暴く探偵の事件簿・完)